結婚を機に飛び込んだ狭山茶の世界。伝統製法の手もみ茶を家族で守りたい

「杉本園製茶」店長 杉本 弘美さん
- 移住エリア
- 埼玉県→東京都東大和市
- 移住年
- 2017年
静岡、宇治と並んで日本三大銘茶のひとつと称される、狭山茶。その産地のひとつが、東京・多摩丘陵北部に位置する東大和市です。お茶の栽培から製造販売まで一貫して手がける杉本園製茶に嫁ぐために、埼玉・川越から移住した杉本弘美さん。彼女を待っていたのは、どこまでも奥深いお茶の世界と、心地よい東大和の空気でした。
目次
茶葉からつくる「東京狭山茶」の茶園に嫁いで
「色は静岡、香りは宇治よ、味は狭山でとどめさす」と茶摘み歌で謡われる日本三大銘茶のひとつ、狭山茶。埼玉県南部から東京の多摩丘陵北部エリアでつくられている狭山茶は、寒冷な気候が生み出す肉厚な茶葉を使い、濃厚な甘みとコクに特徴があります。特に東京でつくられる狭山茶は「東京狭山茶」と呼ばれ、東大和市も名産地として知られています。埼玉県川越市出身の杉本弘美さんがこの地に移住することになったのは、茶園を実家に持つご主人・貴文さんとの出会いがきっかけでした。
「知り合ったのは大学時代のときです。大学で国際理解教育を専攻し、将来は子どもたちに教える仕事がしたいと思っていたのですが、主人と出会ったことで自分はお茶の世界に入るんだと自然に思えたんですよね。もともと紅茶が大好きだったこともあり、大学を卒業してそのまま主人の実家、杉本園に就職しました」
杉本園製茶は東大和で東京狭山茶を70年以上手がける茶園。最初は店舗の販売スタッフとして働き始めた弘美さんでしたが、実は「お茶屋さんはお茶の販売だけしているのだと思っていた」のだとか。狭山茶の産地では、お茶の栽培から製造、販売まで一貫して手がけるのが一般的。全てが自家製というスタイルに驚いたといいます。
「静岡や鹿児島など、他の地域ではお茶を育てる専門、お茶をつくる専門、販売する専門と分業されているところが多いんですが、狭山茶独特のやり方だと教わりました。最初はビックリしましたが、全てを手がけているぶんお茶をつくりやすいように茶樹を育てたり、育てるスピードを調整したりと自分たちでコントロールできるメリットがあることに気づきました」
自然に左右されるお茶づくりは、手間暇がかかるハードな仕事ですが「自分好みに味を調整したり、新しい商品にチャレンジできるのがお茶屋の醍醐味」と弘美さん。その言葉どおり、杉本園では緑茶だけでも10種類扱うほか、濃厚な味わいの東大和紅茶やウーロン茶など、多彩な商品を製造販売。商品数の多さが大きな魅力となっています。

お茶は日本文化の象徴。海外からの関心も高いと弘美さん。写真は留学生による茶摘み体験(左から2人目が弘美さん)
夫婦で取り組む伝統製法の手もみ茶づくり
杉本園に通い続けて4年後の2017年、静岡へお茶修業に出ていた貴文さんの帰りを待って結婚。はれて弘美さんは東大和の住人になりました。現在は2代目である義父母と共に、東京狭山茶づくりに魅力を伝えようと奮闘しています。なかでも最近力を入れているのが、手もみ茶づくり。お茶の原点と言われ、全ての工程を手作業で行う伝統製法です。機械による製茶が主流となった今、手作業でつくる手もみ茶はほとんど手に入らない希少品。ご主人の貴文さんが製法を学び、「江戸の伝統製法を広めたい」と商品化に取り組んできました。

自家農園で茶葉を摘む弘美さん(写真手前)と2代目当主・昌美さん(中央)、ご主人の貴文さん(左)
「もむと言ってもパンをこねるような感じで、腕に体重をかけて力を入れながら作業し続けるんです。一度始まると止めることができないので、立ちっぱなしで6時間ぶっ続け。体力はもちろんですが、手で茶葉の状態を感じながら作業するので手先の器用さも欠かせません。とにかく過酷で腰が痛くなるので、夫と交代で作業しています。
それでも、機械だと茶葉をムリヤリ押しつぶすので苦みや渋みが出るのですが、人の手でやると細胞が壊れず、お茶本来の甘みが出てくるんです。最初は夫を手伝っていたのですが、細かい作業が好きだったこともあって自分がハマってしまって。夫に習いながら私自身もつくるようになりました」
1年にわずか300gしかとれない貴重な手もみ茶を淹れると、爽やかな茶葉の香りがたちこめ、強い甘みとうまみが口いっぱいに広がります。一般的な緑茶とは別格の味わいに「苦労しただけの価値はある」と弘美さん。2014年に全国手もみ茶品評会に初出品したところ3等賞を入賞し、「素人の自分でもできるんだと自信がついた」と手もみ茶に没頭するように。何度もトライを重ね、2021年にみごと1等賞に輝きました。2023年には貴文さんも1等賞を受賞し、30代の夫婦が共に1等を取るのは全国的に珍しいことから小池百合子都知事も視察に訪れたそうです。

夫婦で1等賞を受賞した「金の手もみ茶」。後ろには品評会で獲得したトロフィーが並ぶ
自然と商業、人と人。グッドバランスな東大和の暮らし
東大和に移住して8年。今はご主人と4歳の息子さんと、にぎやかな暮らしを楽しんでいるという弘美さん。東大和ってどんな町ですか?と尋ねると「自然と商業のバランスがいい市です」という返事が返ってきました。
「北側には多摩湖や狭山丘陵といった自然があり、南側には大型スーパーやショッピング施設があるので買い物にも困りません。何よりいいなと思うのは、地元のお店がイキイキしているところ。昔ながらのお肉屋さんや八百屋さん、ケーキ屋さんなどの専門店がたくさんあって、古くから商売しているお店だけでなく移住して開業する人も多いんですよ。しかも、商店同士がすごく仲よし。パン屋さん主催のボーリング大会があったりして、交流する機会も多いですね。そういう土地だから、私もすんなり溶け込めたんだと思います」
地域の絆が強いからこそ、仕事でもプライベートでも気軽に相談できるのが東大和のよいところ。実際に杉本園では仲良しのパン屋さんとコラボしてお茶を使ったパンやケーキをつくったり、隣町の業者に頼んでお茶のアイスクリームを製造販売したりと積極的に商品開発をしているそう。また2024年には女性農家やお嫁さん6名による農業グループ「あぐりんぐ東やまとっ娘」を結成。それも弘美さんの父親世代が「女性農家は会う機会が少ないから」と交流の場をセッティングしてくれたそうで、なんとも東大和らしいエピソードです。

1年前に結成した女性農業チーム「あぐりんぐ東やまとっ娘」のメンバーと
東大和の魅力を伝えていきたい
今後についてもうかがいました。
「今は月1回集まって情報交換や他県への視察、味噌づくりなどをしています。東大和では農家の娘さんが後を継ぐこともあり、男女関係なく活躍できる場所だと思います。今後はみんなで東大和の特産物を使った新しいお土産をつくりたいですね。個人的には東大和市の観光キャラクター・うまべぇを使った商品をつくって、東大和が観光の目的になれるように魅力を発信していきたいです」

東大和市観光キャラクター・うまべぇと
最近では小学校や保育園などでお茶の講座を開くなど、夢だった子どもの教育現場に招かれる機会も増えてきたそう。
「お茶を通じて教育に関わることができて嬉しい。お茶はつくり方、蒸し方、ブレンドによって無限の可能性があります。これからも心をこめてつくっていきたい」
と弘美さん。今は趣味のアロマテラピーを生かしてハーブティを研究中という彼女の活躍が楽しみです。

休日は4歳の息子さんと出かけることが多いという弘美さん。最近は駅前にオープンした屋内型キッズ施設「あそびっぐ」がお気に入り。近くに子どもと遊べるスポットが多いのも東大和のよさ

「杉本園製茶」店長 杉本 弘美さん / すぎもと ひろみ
埼玉県川越市出身。大学卒業後、ご主人の実家である東大和の杉本園製茶に就職。ご主人が2年間のお茶修業に出かけている間、販売スタッフとして働く。2017年、結婚を機に東大和へ移住。現在は杉本園の店長として店をきりもりするほか、ご主人と共に伝統製法の手もみ茶づくりに尽力。過去2度、全国手もみ茶品評会で1等賞を受賞するなど高く評価されている。2024年に市内の女性農家と嫁6名で結成した農業グループ「あぐりんぐ東やまとっ娘」では代表を務めている。
■杉本園製茶webサイト
https://www.sugimotoen.jp