観光振興から移住促進へ 西予の「ふつう」を伝えるコーディネーター
西予市移住コーディネーター 松本 仁紀さん
- 移住エリア
- 東京都→愛媛県西予市
- 移住年
- 2013年
愛媛県で一番東西に長い西予(せいよ)市の西端に位置する明浜(あけはま)町。宇和海に面した小さな町に移住し、大きなイベントを仕掛けた人がいます。東京生まれ、東京育ちの松本仁紀さんです。地域おこし協力隊としてイベントでの町おこしに奔走した松本さんは、隊員としての任期を終え、市の移住コーディネーターとして移住による地域おこしに取り組もうとしています。
目次
「ここで時間を消費していいのか…」
真っ青な海と空を区切るのは水平線ではなく、幾重にも重なる山影。いくつもの半島に囲まれた海は、波がないことも手伝って、山間にある湖のようにも見えます。
西予市役所から車で20分ほどのところにある山岳公園。複雑に入り組んだリアス式海岸の宇和海を見下ろして、松本さんが声を弾ませました。
「絶景でしょう。先日も移住体験ツアーで立ち寄ったんですが、みんなこの景色に釘付けでした」
松本さんが暮らす明浜町は、この絶景のなかにあります。
東京で生まれ育った松本さんが、漁業と柑橘栽培が盛んな明浜町に移住したのは2013年9月。30歳のときでした。
きっかけは、移住の5年前にさかのぼります。八幡浜市で果樹園を営む妻の祖父母に結婚の挨拶をするため、初めて愛媛を訪れたそうです。以降、毎年秋に2週間ほどの休暇を取り、果樹園の収穫を手伝うようになったといいます。
「何度か愛媛に通ううちに、『何かいいな』と思うようになりました。みかん畑から見える景色とか食事とか人の雰囲気とか…ですね。比べて、東京はごちゃごちゃして車の渋滞もひどい。東京で、時間を費やしていていいのかという気持ちが強くなっていきました」
道も狭いし、信号もない。でも、海に近くて、景色がいい
移住へと気持ちが傾くなかで参加したのが、愛媛県東京事務所で開かれた「就農・移住セミナー」。そこで、八幡浜市に隣接する西予市で地域おこし協力隊を募集していることを知り、応募を決めました。
当時、西予市は5つの地域で協力隊員を募集しており、採用されたのは若手の隊員を希望していた明浜町。面接は市役所本庁舎で行われたため、初めて明浜町に足を運んだのは採用が決まり、家を探しに行ったときでした。
「車で町を走り、妻と『道が狭いね』『信号もないね』と驚きました。でも、最終的には『海が近いね』『景色もいいね』という感想に落ち着きました」
今でこそ、地域おこし協力隊に具体的な取り組みを示す「ミッション型」の採用が増えていますが、当時は西予市を含めた多くの自治体で「フリーミッション型」と呼ばれる採用形態をとっていました。フリーミッション型は隊員自身が地域をまわり、自分が3年間で取り組む内容を考えなければなりません。
「着任後の半年間は、挨拶回りを兼ねて、地域をまわりました。明浜にはいいところがたくさんあることがわかりましたが、知名度が低い。僕も移住前は明浜の名前も知らなかったので、仕方ないんですけどね」
松本さんは、着任後の半年間で「明浜のいいところをもっと多くの人に知ってほしい」という気持ちを募らせます。その気持は2年目以降、観光振興という方法で、協力隊の活動に結びついていきました。
イルミネーションとそうめん流し
海に近い明浜町は、夏場は海水浴客でにぎわいますが、秋以降は閑散としています。「秋冬の盛り上がりを作って、自分たちで地域に灯をともしたい」と発案したのが、イルミネーションでした。市の合併10周年にあわせて、10万球の電球を使ったイルミネーション計画が動き始めたのです。
地元の青年部に声をかけると、20人ほどがボランティアで協力してくれることになりました。必要な予算は約300万円。50万円を市の合併10周年事業の予算でまかない、残りはオリジナルタオルを作成しカンパを募ったり、地元企業に協賛をお願いしたりして集めました。イルミネーションの設置からPRまで、手作りのイルミネーションは話題を呼び、会場となった観光施設の売上高は前年同期比2割増になったといいます。
次に目をつけたのが、宇和町と明浜町の境にある野福峠。つづら折りのカーブが続き、桜の名所としても知られている場所です。
「トンネルを抜けると海と宇和海に浮かぶ島が見えます。冬にはミカンの段畑も広がり、インパクトがあります。この坂を活かして地域をPRできないか、移住した直後からずっと考えていました。東京の川でそうめん流しをしたことがあって、とても楽しかったんです。それで、坂でそうめん流しができないか考えていたんです」
そうめん流しも、地域が一体となった手作りのイベントになりました。
レーンに使う竹は放置竹林対策として、町内各地域から切り出してもらい、地元の小中学生が節を削りました。レーンの設置は市役所明浜支所が全面協力し、職員が交代で作業にあたりました。
野福峠は県道のため、通行止めにできる時間は当日の午前8時から午後5時に限られました。正午に予定されたスタートに間に合わせるため、地元ボランティアスタッフや中学生、市役所職員が総出で朝5時から準備にあたったといいます。2016年8月27日正午、山頂付近のスタート地点から3玉のそうめんが流されました。スタートから約2時間10分後、地域の思いに後押しをされるように、わずか15センチほどの1本のそうめんが3・5キロ先のゴールに到着したのです。
地域の熱を煽る役割を担って
「僕は同じことを繰り返すのが苦手なんです」
短期間で大きなイベントを2つも実行に移せた理由を聞くと、松本さんは苦笑いしながら、こう答えました。
東京にいるときも、ガソリンスタンドの整備を皮切りに、OA機器の営業や携帯電話販売店の立ち上げ、ハウスクリーニングを手がける工務店での技術職など、様々な仕事に携わったといいます。
「色々なことをやってきたから、経験がない分野にチャレンジする時のプレッシャーには強いのかもしれません」
この思い切りの良さが、明浜の人を動かしたのでしょうか。そう思うのは、松本さんが明浜という地域の特徴をこう説明してくれたからです。
「明浜は団結力が強い地域。やると決めたら熱を持って動くし、やらないと決めたらとことんクールです。これまでは、『やろう』と煽る人がいなかったんだと思うんです」
地域にある小さな火種を煽り、大きな火にするのも協力隊の役割なのかもしれません。イルミネーションは今年、4度目の冬を迎えようとしています。
「ふつうやけん」という日常が都会の非日常
今年4月、市の移住コーディネーターに就任し、イベントや観光で訪れる場所ではなく、暮らす場所としての西予市をPRする立場になりました。
「海の幸、山の幸、みかん。すべてが産地直送です。そして、車で30分も走れば旅行気分が味わえる。それが西予市の魅力です」
こうPRする松本さんですが、2005年に5町が合併して誕生した西予市を一言で伝えるのは簡単ではありません。海抜0メートルから1400メートルまでの高低差があり、柑橘栽培が盛んな海沿いの町、カルスト地形の高原、冬には霧に包まれる盆地-と、同じ市内でも地域によって表情が大きく異なります。
西予市の魅力を伝えるために、考えたのが「#それふつうやけん西予市」というキャッチコピー。市内で活動する地域おこし協力隊が中心となり「#それふつうやけん西予市」をつけた写真をSNSに投稿し、暮らしをPRします。
満天の星空、家の前にさり気なく置かれた野菜のおすそ分け、出勤前の釣り…。協力隊が「ふうつやけん」と言って切り取る「日常」は、都会の移住希望者にとっては「非日常」そのものです。
だからこそ、松本さんは移住希望者にこう呼びかけます。
「移住フェアなどに参加するようになって、愛媛に来たことがないという移住希望者が多いことに驚きました。そんな人は一度、西予に来てほしい。きっと、何かが変わると思います」
今年6月、松本家に長女、紬愛ちゃんが誕生しました。
目の前に宇和海が広がる景色や、「いい意味でめんどくさい」田舎の人間関係。松本さんが明浜町に移住し、驚きを持って受け止めたことを、紬愛ちゃんは「ふつうやけん」と思って育つのでしょう。
西予市移住コーディネーター 松本 仁紀さん / まつもと まさかず
1983年東京生まれ。高校卒業後、ガソリンスタンドでの整備、OA機器の営業や携帯電話ショップの立ち上げなどの仕事を経験した。
結婚を機に妻の祖父母が住む愛媛県八幡浜市を訪れ、移住を検討。2013年9月に西予市地域おこし協力隊として移住。任期後の2017年4月より西予市移住コーディネーターとして活動している。